【第一章】 シャイロックの森

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【第一章】 シャイロックの森

 ■忍び寄る魔の手

 

アチャラカ城にほど近いシャイロックの森の奧から、悲鳴が上がった。

ナノヨ姫 『助けて〜!!』

つい先ほど、痛烈な一言をあびせられて別れたガンバルジャンには、
何が起こったのかわからず、“知るものか!”と半ば聞き流していた。
一方、突然に現れたくせ者に、怖さ知らずで、気丈なところを見せるナノヨ姫。

ナノヨ姫 『何をする気なのよ! 名を名乗れ!!』

くせ者 『黙れ!おとなしくしろ!! どうしてもおめえをさらって行くのさ。
     この国から大金をゆするには、さらって行くのが得策なのさ!』

ナノヨ姫 『そういうお前は、バーカね? 牢屋の中じゃなかったの?』

バーカ 『憶えてたか。間抜けなヨシヨシ王が、さっき出してくれたのさ!』

ナノヨ姫 『私のお願いが通じたのかしら? 右腕のハートの刺青、素敵ね!
      あなたのこと、嫌いじゃないわよ!』

妙な具合になって来た。姫の甘い言葉に、バーカもたじたじ………

バーカ 『俺の言うとおりにするってえわけか?』

ナノヨ姫 『馬鹿ねぇ〜! あたしのような美人から嫌いじゃないって言われただけで
      あなたは幸せなのよ。おわかり?』

月明かりの中、不覚にもバーカは頬を紅潮させ、デレデレーッと、
のぼせ上がってしまっていた。と、じっとしていた姫の愛馬が、
突然、城を目指して走り出す。悪党バーカは、はっと我にかえった。

パーカ 『おっと危ねぇ〜! 騙されるところだった! こっちへ来やがれ!』

ナノヨ姫 『あ〜れ〜っ!』

ナノヨ姫が危ない。“ガンバルジャンは、何をしているのかしら”と、思ったその時、
遠くから、かすかな蹄の音が聞こえてきた……………
やって来ましたガンバルジャン。
白馬にまたがり、長い槍を引きずった家来・ノンキホーテーを従えて。

ノンキホーテー 『だんな様、おいらもその馬に乗せておくんなせえよ』

ガンバルジャン 『うすのろのお前は、黙ってついて来るがいい! 姫を救えるのは
          私だけなのだ』

ノンキホーテーは、出る幕が無いとさとり、草むらに寝そべってしまった。
ガンバルジャンは、馬を走らせる。

ナノヨ姫 『ガンバルジャンは、どうしたのかしら。充分にスリルは味わったわ。
      いやらしいバーカの顔を見ていたら、気分が悪くなってきたの。
      小鼻をふくらませて、馬鹿みたいに口をガバーッと開けて、ケダモノよ!』

バーカ 『へへへ、そろそろへばって来たようだ。所詮は小娘、袋に詰め込んでさらうと
     するか〜!』

バーカはナノヨ姫にじりじりと迫る。王国の危機と言っても過言ではない。
ああ、ナノヨ姫は、どこの馬の骨ともわからぬ悪党のえじきになってしまうのか?
急げガンバルジャン! そして白馬パカパカ!
ところが、後ずさりするナノヨ姫の足元、シャイロックの森に群生する笹藪の中に、
とんびにあぶらげをきめこむ痴漢どもの目が、ランランと輝いていた。(続く)

■怪しい森・シャイロック

笹藪で鬱蒼としたシャイロックの森は、怪しい輩達の巣窟となっていた。
その輩のひとり「オカーマ」は、口は真横に裂け、細く糸を引いたような目、
抜け目無さそうなまなざしで「ナノヨ姫」を狙う。

オカーマ 『けっけっけっ、ベラベラベラ。可愛い女、こっちへ逃げておいで。』

もうひとりの輩は、真っ赤に充血した目を落ち着きなく動かし、イボだらけの
ざらざらした手を、ボリボリと掻いている「キンタマリーア」である。

キンタマリーア 『うはうはうは、久し振りに娘の生血を味わえるわい。
          こっちに来い、こっちに来い、うはうはうは……』

背後に迫る悪党どもを知らずに「バーカ」の手から逃れようとする「ナノヨ姫」

ナノヨ姫 『これ、バーカちゃん、月がとっても綺麗で、ロマンチックじゃないこと?』

バーカ 『月〜?どこに出ているのだ!?』

ナノヨ姫 『あら、いや〜ね〜、落ち着きがないこと。はい、おめめをつぶって、
      深呼吸して、は〜い……今度はお月さまに向かって、右手をたかあく
      あげてみましょう。ロマンチックになれるわよ〜!
      (今のうちに隠れてしまわなくては………)』
 
ナノヨ姫は、急いでそばの樫の木の根本の茂みに身をひるがえしたが、ところがそこに、
キンタマリーアが………

キンタマリーア 『うはうはうは、来た来た来た、さあもっと近くに来い。』

オカーマ  『けっけっけっ、ベラベラベラ、あたしも待っているのよ。キンタマリーア
       に先を越されてたまるものか。』

前門の虎・後門の狼である。と、その時、馬鹿なポーズをとらされていた「バーカ」が
われにかえった。

バーカ 『う〜ん、騙された!ナノヨ姫はどこに隠れた!もう我慢出来ない。見つけだして
    丸裸にしてくれん!どこだどこだ?こーら、そんなところに隠れていても無駄だ、
    さあ、見つけたぞ〜!』

ナノヨ姫 『あれ〜誰か来て〜!』

逃げ回る「ナノヨ姫」。しかし、そこには「オカーマ」と「キンタマリーア」が……

オカーマ 『ベラベラベラ、そ〜ら来た。』

キンタマリーア 『うはうはうは、もっとこっちだ、もっとこっちだ。』

月明かりを背に迫る「バーカ」。大きく開いた口から真っ赤な舌がのぞいている。
「ナノヨ姫」は、白い両の手をしっかり握りしめ、茂みの中を這うように、もう一本の
樫の木の根本に移ってゆく。額にはベットリと脂汗が………
「パーカ」の丸太ん棒のような毛むくじゃらの腕が、覆い被さるように「ナノヨ姫」の
首筋あたりに触れた。しかし、気丈にも、姫は叫んだ。

ナノヨ姫 『やめてよ!気安く触らないでっ!』

バーカ 『黙れ!ナノヨ!おとなしくしろ!ジタバタしたって無駄だ!』

ナノヨ姫 『無礼者!冗談じゃないわよ。あんたなんかに捕まってたまるものですか。
     ガンバルジャーン!!』

首筋に手をかけ、「バーカ」は手前に引き寄せようとした。
と、「ナノヨ姫」は、え〜いっ!とばかり、「バーカ」の下腹部を蹴り上げた。

バーカ 『痛いっ! うううううぅ……』

確かな手応え。「バーカ」は急所を蹴られて、うずくまってしまった。
「ナノヨ姫」見事。だが、「ナノヨ姫」とて、これが精一杯。遂に、
ガクンと膝をついてしまった。
この様子を見ていた「キンタマリーア」は、じわじわと、「ナノヨ姫」ににじり寄って
来た。充血した目を落ち着き無く動かしながら、汗に光る「ナノヨ姫」の首筋に
吸いつかんばかり。

キンタマリーア 『うはうはうは、遂に来たぞ、快楽のその時………』

■正義の騎士 ガンバルジャン登場!
キンタマリーアは、イボだらけの手を、ぐーっと伸ばしてきた。
その時、「えいっ!」という掛け声とともに、何かがキラリと光った。
すると、キンタマリーアの手のイボがボロボロボロ・・・・・・・・・
ハッとして振り向いたナノヨ姫の目が輝いた。
 
ナノヨ姫 『あら、私のガンバルジャン!』

何と、ガンバルジャンの剣が、大きく弧を描いたのであった。
あまりにも鮮やかな登場振りに、ナノヨ姫は、
思わず、“私の”ガンバルジャンと叫んでしまったのである。
ガンバルジャンは、ことのほか嬉しかった。

ガンバルジャン 『ナノヨ様は、確かに、私のガンバルジャンと言ってくれた!』
 
うずくまるキンタマリーアを足で踏みつけながら、若いガンバルジャンの心臓は、
早鐘を打つように鳴っていた。

ナノヨ姫 『素敵よ!ガンバルジャン!』

ガンバルジャン 『いや、あのう、でありまして、姫にはいつもご無事であることを願っているのでして・・・・・。
           あのう、お役に立てて、嬉しいのであります。
          “私のガンバルジャン”とは、もったいないお言葉でして・・・・・。』

ナノヨ姫 『あーら、いやあねえ。ガンバルジャン、そんなに固くならないで・・・・・。 
       ほんの軽い気持ちで言ったた゜けなのよ。』
 
ガンバルジャンは、ギャフンと拍子抜け。そのあと、ションボリとなってしまった。

ナノヨ姫 『あら、どうしたの、ガンバルジャン。森の中にいるのは、私とあなただけなのよ。
       さあ、いらっしゃいよ。もっと近くに、さあ、早くいらっしゃいよ。』

ナノヨ姫は、ガンバルジャンの手をとり、樫の大木に寄りかかった。瞳を閉じた
ナノヨ姫は、受け入れ態勢十分といった様子。
それっ!ガンバルジャン、今こそチャンスだ!今こそブチューっとやっちまえー!!
 
ガンバルジャン 『いいのかなぁ。神よ、いいのでしょうか。本当にいいのでしょうか。』

ガンバルジャンは、ナノヨ姫の肩に、そろそろと手を回し、固くこわばった顔を近づけていく。

と、その時。

ガンバルジャン 『あいたたたたたっ!うーん。』

ガンバルジャンは突然の痛みに大声をあげた。

オカーマ 『ぺっ、ぺっ、何だこれは?ああ気持ち悪い。』

木の根元に潜んでいたオカーマが、焦って、ガンバルジャンの二の腕に食らいつ
いてしまったのであった。
てっきり、ナノヨ姫の白い柔肌と思い、ガブリといったところが、鋼のような男の
二の腕だったから、たまらない。

オカーマ 『ちくしょう!ドジをふんじまった。こうなったら何でもいいから、死んでも離すものか!』

ガンバルジャン 『うーん、まだいたのか、悪党め!一刀両断にしてくれん!』

♪剣をとったら、王国一の、夢も大きな、正義の剣士・・・・・・・♪
ガンバルジャンは、食らいつかれた右腕をそのまま、力いっぱい持ち上げた。
宙に浮いた足をバタバタさせて、オカーマは懸命にのがれようとした。

オカーマ 『いやだ、いやだ、いやだよう。ベラベラベラ。離せ、おろせ、こんちくしょう!』

ガンバルジャン 『貴様こそ、口を離せ、気持ち悪い奴だ。』

ガンバルジャンは、左手でサッと剣を抜くと、持ち上げたオカーマのお尻を、
ペンペン、ペンペン・・・・・。

オカーマ 『おかぁーさま、許してー!』

と言ったかと思うと、

オカーマ『やったな、こんちくしょう!ええいっ!これでもかー!』

ギリギリギリと噛み付いた歯に、更に力を加えた。

ガンバルジャン 『い、いたいっ!うーん、これでもか、これでもか。』

今度は、ガンバルジャンが、オカーマの鼻の穴を、コチョコチョコチョ。

オカーマ 『は、は、はっくしょーん!』

口をパクリと開けたオカーマは、木の根元にドシーン。おまけに、
ガンバルジャンの膝蹴りが、あごに命中して、ガクーンと、その場にのびてしまっ
た。

ナノヨ姫 『ようやく、二人きりになれたわねえ。ガンバルジャン。』

ガンバルジャン 『はい、ナノヨ様。ここに腰をおろしませんか。』

ガンバルジャンは、積極的にナノヨ姫の手をとると、さっそく引き寄せ、あまーく、あつーく、
ブチューっといこうと、顔を寄せていった。そうそう、その調子。ガンバルジャン、頑張っちゃえー!

方や!危機を脱したナノヨ姫。此方!愛する姫を救ったガンバルジャン。
許しあって当然なのである。

と、ところが、その時、近づく影ひとつ。いったい誰が邪魔をするというのか。
これからいいところなのに・・・・・。

■人の恋路を邪魔する者は・・・・・
何と、その影は、槍をかついでやってくるノンキホーテーであった。

ノンキホーテー『あーあ、ひでえもんだ、だんな様は。いつまでたっても、戻って
         来やしないんだから。
         うっふっふっふっ、それほどまでにナノヨ様のことが、好き
         でたまらんということでやんすか。
         お若いことで・・・・・』

さて、このノンキホーテーなる男。いつも長い槍を片手に、ノソノソとガンバルジャンに従う、太っちょの家来なのだが、
年の功で、時折、息子のように若いガンバルジャンをからかったりしては、カリカリさせていたのである。

槍の腕前は、王国でも五本の指に入るほどであったが、ガンバルジャンは、さほど買ってはいなかった。
よって、スワッ一大事という時になると、置いてきぼりをくい、大勢が決した時に、ノソノソとやって来る、
言わば、ヤボ天だったのである。

ノンキホーテー 『ギョギョッ!あんれ、まぁー。二人ともいいことしちゃってー!』

この五十男。あまりにも生々しいシーンに、体が小刻みに震えてしまった。
ちゃっかりナノヨ姫は、ガンバルジャンほどは、のぼせてはいなかった。

ナノヨ姫 『あら、あなたは、ノンキホーテー。どうしてそんなところで、もじもじしているの?』

ノンキホーテー『へぇー、そのー・・・・・』

ナノヨ姫『どうしたのよ!はっきり言ってちょうだい!』

ノンキホーテー『でありますが、そのー、邪魔しては悪いと思いましてー。へぇー。』

ガンバルジャン『こらっ!ノンキホーテー、現に邪魔をしているではないか。さっさと消えうせろ!』

ナノヨ姫『あら、いいではありませんか。折角駆けつけてくれたのですから・・・・・』

ガンバルジャン『ナノヨ様、私がいるではありませんか、そんな!』と、プゥーッとふくれる。

ナノヨ姫『いやあねぇー、プリプリしないでよ、ガンバルジャン。あなたは勿論大切な方なのよ。』

という具合に、剣をとっては王国一のガンバルジャンも、少々、堅物過ぎて、
ちゃっかりナノヨ姫には、手も足も出ないという体たらく。

諸君!こんなわがままなナノヨ姫を相手にすることはやめて、もっと楽に、のびのびしたらと思わんですかな?

まあ、そこがガンバルジャンのいいところなんで、そこのところをナノヨ姫も、ちゃーんと解っていたのであります。
さて、とにもかくにも、身分高く、美しいナノヨ姫のまわりは、いつもドキドキ、
ハラハラの連続。気をもむことしきり・・・・・なのであった。
 

- つづく -